杉田さん,中国ワークショップ関係者の皆さん: 遅くなりましたが,以下感想文です.長くて(約6,100字)恐縮ですが,宜しくお 願いします. ======================================== 吉村鐵太郎 (よしむら てつたろう) 〒251-0038神奈川県藤沢市鵠沼松が岡2-7-24 E-MAIL: tyoshimu@sea.plala.or.jp TEL: 0466-25-2188 080-5003-7439 FAX: 0466-22-3443 ======================================== SEA中国ワークショップの感想 2010/08/06 SEA会員 吉村鐵太郎 以下は今回の中国ワークショップの個人的感想です.どなたの発表も私の知ら ない事ばかりで勉強になりました.その内で特に強い印象を受けた事柄を中心 に記しました.まとまりのない長い駄文で,読みにくい事をお許し下さい.そ れに難聴のため,大事な事を聞き漏らしたり聞き誤っているかも知れません. 事実誤認があれば是非ご指摘を願います.失礼な表現がありましたら深くお詫 びします. 1. 上海ワークショップ まず東誠さん(上海坦思計算機系統有限公司副総経理)の話が非常に印象に残っ た.こういう日本人がいるのかと改めて感心する.無錫の増満さんもそうだが, 日本の会社人間からはかけ離れた能力と自由闊達さを感じる.お二人とも日本 人というよりアジア人として行動しているのだろう.もちろんよく勉強しアン テナも研ぎ澄ましているのだろうが,彼の話を聞いていると水を得た魚が上海 を泳ぎ回っているように見える. 懇親会への車中で東さんに聞いた話によると,中国のComputer Science学科は 毎年20万人の卒業生を出す.その中のトップクラスはMicrosoftなどの欧米系企 業に就職するという.しかし最初は1年ぐらいの短期採用で,その間の実績で残 れるかどうかが決まる由.起業したりベンチャーに行く人もいる.中国は基本 的に新卒採用に重点を置かない国なので,雇用パターンは欧米型であり,日本 のそれとは大きく異なる.さらに,軍の機関や軍が経営する企業で,多くの有 能なプログラマが働いている由.私は日本のソフトウェア産業(と言えるかどう か知らないが)の常識(因習)が頭にこびりついていたので,彼の話を聞いて自分 の視野の狭さを痛感した.(誰に聞いたか忘れたが,殆どの白酒メーカーは軍が 出資/経営しているそうだ.) 毎年20万人も卒業生を出すなら,教師はどう手当てしているのか?東さんによ ると中国ではComputer Science教師の資格検定制度がある.1級と2級があると の事.詳しい事は時間切れで聞き損なったが,これは引き続き調べてみたい. JABEEの審査員をやって判った事だが,日本の情報工学科の先生の中には,電気 電子系の学者や企業から来たハードの経験しかないOBなど,CSやSoftware Engineeringの専門ではない人が相当の割合を占めている(勿論日本には資格検 定制度などはありません).なので,どこまでまともなCSやSEの教育が行わてい るか疑わしいのが実情.ACM国際プログラミングコンテストでの中国の勢いと日 本勢の惨状などとも考え合わせると,「このままだと中国に抜かれる」どころ か,質,量ともにもうとっくに抜かれているのでしょうね. 上海でもう一人印象に残ったのは博多から参加した(株)「もぐら」取締役の 新井俊一さんだ.Web ベースの名刺管理システムをビジネス化した.ソフトウェ アとサービスをセットで商品にした点が時代の潮流に合っていて優れていると 思う.彼と話していて共感したのはソフトウェア業は知識集約産業であるべき だと考えている事だった.もう一つユニークだったのは彼が発表でRichard Floridaを引用した事だ.私の記憶が正しければFlorida に言及したのは岸田さ んと新井さんだけで,彼の視野の広さを示すものだと思う. 2. 無錫ワークショップ 中国人はいったんやると決めたら徹底的にやるんだなと言うのが無錫経済開発 区(新区)の第一印象だ.何もない所にアウトソース事業者用の高層ビルや,知 識集約産業誘致用のビルなどを建てている.付近にはまだろくに建物もないの にまず道路網を整備している.片側2車線(あるいはそれ以上)で広い中央分離帯 があり,しかも(張家界でも同様だが)コンクリート舗装の道路が縦横に張り巡 らしてある.無錫市内からの鉄道も工事中.政治体制が違うし土地は国有だか ら,短期間に強引な土地収用が出来る事も大きな要因だろうが,すさまじいエ ネルギーと大きなビジョンを感じる.大胆にリスクを取れる人々が上層部にい て意志決定しているのだろう.この点こそが日本との最も大きな違いだと思う. ワークショップでは増満工将さん(無錫天狗軟件開発有限公司総経理)がきわめ て印象的だった.彼の話を聞いていると優れた技術力,並外れた行動力ととも に強烈なパッションと大きなビジョンを感ぜずにはいられない.おそらく彼の 頭の中には「東アジアOSS連合」とでも言うべき構想があるのではないか?なら ば是非応援したいと思う. 失礼ながら,増満さんにしろ東さんにしろ,よっぽど懐の広い上司がいないと 日本では多分潰されるのではないか.日本の社会は彼らのような人材を活用す る器量/能力を失っていると思う.お二人とも,日本の外に出ればこれだけの仕 事が出来るという生きた見本だ.もはや日本のソフトウェア産業云々と言う話 より,世界に通用するプログラマ/ソフトウェア技術者を増やし,海外を相手に 働いてもらって世界に影響を与える事の方が遙かに重要な時代に来たのではな いかとすら思う. 九州大学教授 荒木先生の形式手法の講演も非常に面白く,勉強になった.世界に誇れる成果 を挙げられた事に賞賛と敬意を禁じ得ない.Felicaが成功した理由は,形式手 法が優れた技術であった事,企業環境が良かった事も勿論だが,荒木先生およ び現場で指導に当たったコンサルタントのS.H.さんとS.S.さんという,この分 野で現在望み得る最高のトリオが関与したことが決定的だったと思う.すでに お考えでしょうが,これは世界を相手にするコンサルティングビジネスに発展 する可能性があると思う. 笑っちゃったのは,形式手法に逃げ腰な連中の言い訳の中に,「我が社の業務 に適合した事例を提示してくれないと検討できない」とあった事だ.そんなも の何処探したってある訳ないでしょーが.自社の業務にどう使えるかを考えて 答えを出すのがあんた方「えすいー」とやらの仕事じゃないんですか?恥を知 れと言いたい.「ビューティフルコード」和訳版序文に竹内郁雄さんが「プロ グラムを書いた事のないSEが威張っている会社は早晩滅びる」と書いていたの を思い出した. 自由討論の時間に私は日本人技術者に対する語学教育の必要性を述べた.ここ でもう少し付け加えたい. すなわち,契約上は発注者である日本側の立場の 方が一応強いだろう.しかし開発現場で,中国側は日中両国語が出来るのに日 本側は日本語しかできなかったら,いずれは力関係が逆転し,開発のノウハウ や主導権,ひいてはソフトウェアの市場を失ってしまうだろう.オフショアの 相手が中国でなくても同じ事だ.荒木先生も同様のお考えのようだし,松原友 夫さんは3年前にwebで類似の指摘をされているのを帰国後に知った. http://itpro.nikkeibp.co.jp/index.html  「日本のソフトウエア産業,衰退 の真因」 3. PANTAさんと佃さん ロックには門外漢なので,頭脳警察やPANTAさんの事は何も知らなかった.失礼 ながら強烈なキャラクターを勝手に想像していたが,会ってみると実に礼儀正 しい温厚なジェントルマンだった.自らの不明を恥じる.無錫でのワンマンラ イブは歌もギターも素晴らしかったし,また,音楽家として知的財産権につい ての見識をお持ちでもある. 佃さんとも今回が初対面だった.そのユニークな人柄,まれに見るエネルギー と広範な人脈に驚く.話をするうち,日本のIT業界に対する見方に私と共通す るものが多い事が判ってきた.ITマスコミが内外大手ベンダーの社外広報係に 堕している中で,数少ないITジャーナリストとして彼の存在は貴重だ. お二人と知り合えた幸運と自分の世界がさらに広がった事を感じる.PANTAさん, 佃さん,どうも有り難うございました. 4. 食事 美酒美食の旅だった.不味いと感じたものが全くなかった.何回も海外に出か けたが,これだけ美味しいものを連日食べ続けたのは,今回が初めてだ.一番 感心したのは上海と張家界の湖南料理および白酒だ.別段期待していなかった 上海空港のチャーハンも衝撃的に旨かった.(本場の刀削麺を食べる機会がなかっ たのが心残りではあるが.) 中国人が食を大事にしている事は前述の無錫経済開発区(新区) でも判った.ま だ何もないようなニュータウンに,もう立派なレストランが出来ていて美味し い料理が食べられる.不味いものを食べていると,ろくなアイデアが出ない事 をよく知っているのだろう.彼らはレストランを知識集約産業のインフラの一 部と考えているようだ. それにしても今回のツアーの皆さんは美食家揃いでお酒にも詳しい方ばかり. こういう人々と旅行できたのは実に幸せでした. 5. 観光 上海博物館で中国古代青銅器の常設展示を見た.4000年前にこれほど高度な文 明があった事に驚く.日本で特設展をやれば,それ一つで目玉になるような逸 品がゴロゴロある.1時間ぐらいではとてもその全貌をつかめない大規模なコレ クションだった. 魯迅記念館に行った.よく手入れされた立派な建物と充実した展示を見ると, この国で魯迅がいかに尊敬されているかが判る. 日本と違い,どの博物館等でも入り口で必ず金属探知機での検査を受けねばな らない.この国の政情を物語っているのか,それとも日本が脳天気なだけなの か. 次回上海に行く機会があったら,中国現代美術を垣間見たいと思う. 張家界の中国版グランドキャニオンには圧倒された.あいにく霧が晴れず一番 幻想的な光景は見られなかったが,十分楽しめた.驚くべきは町の真ん中にケー ブルカーの駅があって,そこから全長7キロ以上のケーブルで直接山頂近くまで いける事だ.こういうところに中国人のスケールの大きさと合理主義を感じる. 上海で偽ブランド品密売ショップ潜入といういささかスリリングな体験をした. ある大衆料理屋に近づくと,路上にいた男が勝手口の目立たない小さな引き戸 を開けて我々を招き入れる.客が入り終わるとすぐに引き戸を閉めてしまう. 一列になって暗く狭く急な階段を上る.店の中は明るいが潜水艦みたいに狭く て細長く,人いきれで蒸し暑い.窓はなく両側の壁が商品棚で有名ブランドの バッグなどが天井までぎっしりと並んでいる.店員がアタッシェケースを広げ ると中はこれまた有名ブランドの時計がいっぱい.私はブランド品には本物も 偽物にも一切興味がないので,店員(親切)が勧めてくれたいすに腰掛けて,価 格交渉を見ているだけだったが,なんかギャング映画の一シーンのような雰囲 気で,ちょっとワクワクした.(後で家族に,何で買ってこなかったの,と叱ら れましたが.) 6. 最後に ワークショップばかりでなく,食事,観光,乗り物など非公式な場での交流で 得た貴重な人脈や情報がとても多かった.このツアーに参加して良かった,そ してSEA会員で良かったと心から思う. このワークショップのイニシアティブを取られた(株)SRA最高顧問,SEA事務局 長の岸田孝一さん,オーガナイザとして旅行の手配など諸々の面倒な仕事を迅 速に処理して下さった福善上海信息技術有限公司総経理の杉田義明さん,買い 物の値切り交渉までやってくれた,明るくて頭の回転が速く気配りが細やかな 美人,お酒も結構いける社員の魯玉芳さん(あの魯迅の一族だそうな.納得.), そして,何かと親切にして頂き(物理的にも)力を貸して下さったツアーメンバー の方々全員,およびワークショップと懇親会でお目に掛かった中国と日本の皆 様方に厚く感謝申し上げます.今度のような楽しく有益な体験を共有する機会 が再び来る事を願っています. 以上.